気まぐれ日記 03年11月

03年10月はここ

11月1日(土)「花粉症と戦う小説家の巻(結果は惨めな敗北)」
 朝から鼻がぐずぐずする。今日も花粉症がひどそうだ。朝食後、抗アレルギー剤を2錠飲んだ。昼になってもまだ不快な状態で、卵かけご飯を1杯食べた後、再び抗アレルギー剤を2錠飲んだら、ぐったりしてしまいソファへ倒れこんだ。
 そのまま夕方になってしまった。今日は、どうしても図書館へ返却しなければならない資料があった。それで、無理して飛び起きて、とりあえず返却カウンターへなだれ込んだら・・・「まだ借りている本がありますけど・・・」と来た。(しまった!)
 その後のスライド作りがどれだけ効率的だったかどうか、想像できるであろう。

11月2日(日)「講演スライド作りで終わってしまった週末の巻」
 朝から何度枕もとの鳴らない目覚まし時計を(セットしていないのだから鳴らなくて当然なのだが)眺めたことだろう。とても起きる気力がわかないまま、ついに諦めて起きたのは、もう正午近かった。やはり少しでも疲労をとっておかないと、講演の資料作りだって、結局は効率が上がるわけがない、などと自分に都合の良いように考えていて、こうなったのだ。ベッドの中の人間は弱い動物である・・・というのも、ご都合主義か。
 起きるのが遅くても、朝食は(昼食を兼ねていても)トースト1枚だけである。
 書斎に直行して講演スライド作りの続きである。
 インターネットでの新規な資料入手は先週でほぼ終わっているので、とにかく今はそれらと既存の資料を駆使したスライド作りである。会社で鍛えられているので、どうしてもスライドはビジュアル系になる。画像がどんどん利用される。ただし、著作権の問題があるので、使用の優先順位は、手持ちの資料、知人の資料でその他の資料は出典を付記する。スキャナーも駆使するので、どんどんスライドが増えて、あっという間に40MBを超えてしまった。
 夕方になった。予定ではトレーニングである。外は雨が降り出した。もろくも、くじけた。
 夕食をとった後もひたすらスライド作りである。
 まだ、このスライド以外に、事前配布資料も作らなければならない。手紙も書かなければならない。その後は、短編である。締め切りまで日数がない。続々とやることが控えているだけに、せめて講演スライドだけでも、仕上げておきたい。その執念がキー入力操作を停止させない。明日の朝が早いのも分かっている。
 午前0時過ぎに、居間へ降りたら、宵っ張りのワイフがまだ起きていた。半分やけ気味に「酒でも飲むか」と聞いたら、「いいね」と答える。相手がそう出るなら、こっちも受けねばならない。それから水割りを作り、私は、ヨーグルトとバナナと生卵を肴に飲んだ(異常な組み合わせだと驚くなかれ。けっこう美味い)。
 水割りは1杯だけにして、書斎へ戻って作業再開である。

11月3日(月)「パワフルマンデーは徹夜明け・・・の風さん」
 もう1、2時間くらいと思ったのが、やり出すと止まらない悪い癖がまた出て、結局、今朝の4時過ぎまで講演ビラを作っていた。いちおう全ページできたので、それで気がすんでベッドにもぐり込んだのだが、6時前に起きなければならないと思うと、安心して寝られるわけがない。(眠れない。眠れない・・・)と胸の中で呪文のように唱えているうちに、目覚ましが鳴って起き出した。ワイフはまだ爆睡中だ。
 パワフルマンデーは雨の朝である。こういう日の通勤路は大渋滞となる。しかし、今日は文化の日で祭日だ。雨の月曜日が勝つか祭日が勝つか、興味津々で自宅を出た。結果は祭日の勝ち。40分ほどで会社の駐車場に着いた。
 今日は会社で「メンタルヘルスの研修」があり、うつ病に対する知識をたくさん得た。これは管理職として必要なためにあった研修だが、小説家の視点でも非常に勉強になった。特に、うつ病気味の部下に対する接し方である。これは健康な人に対しても言える本質的な内容を含んでいる。もうけ、もうけ。得した気分。
 何とか夕方まで心身がもった。
 今日はワイフのバースデーなので、相変わらず雨が降る中、速攻で帰った。
 夕食はワインを飲みながら激辛ピザを食べた。
 案の定、居間のソファでダウン・・・。

11月4日(火)「昨日と昼夜逆転・・・の風さん」
 朝の3時過ぎに目が覚めた。頭が重い。二日酔いではない。まだ寝不足なのか、あるいは不規則な生活に体がついていけないのだ。これでは、国際線の飛行機で地球をめぐっているようなものだ。
 しかし、やらねばならない。昨日できなかった、手紙書きである。
 フラフラしながらソファから脱出して、スポーツドリンクやら高麗人参やら飲んで、ようやくシャワーを浴びる気になった。
 書斎に入ったのは4時ころである。メールチェックを始めると、また何もできなくなる恐れがあるので、先ず、8日の講演後にお会いする京大のK教授への返信レターを用意した。達筆でさらさら、なんてことは逆立ちしてもできない私は、パソコンソフトを使って、ユニセフカードにプリントする。文章を考えるのは全く苦にしないが、こうしてきれいな仕上がりを求めているために時間がかかる。パソコンが人間の手書き以上の速度になるのはまだ先か。
 次は、8日の講演をセットしてくださった京大のU教授へ、日曜日までに完成した講演スライドの中の中心部分と、事前配布資料を印刷する作業である。講演の中心部分として40枚のスライドを選択し、4枚ずつA4用紙で10枚に白黒印刷した。これを受け取ってもらえば、準備が順調だと安心されるのではないか。それから、事前配布資料ということで、画像を使用しない文字ばかりのスライドで、資料として持ち帰る価値のありそうなスライドと、事前配布用に新規のものを2枚作成し、合計8枚とした。これを2枚ずつA4用紙4枚に白黒印刷した。両面コピーすれば、A4用紙2枚になり節約もできる。さらに、教授へ手紙を書いて、封筒に入れた。そして、出社前に、本日郵送で送る旨メールを発信した。
 そこまでやっただけで、もう出勤時間である。
 ミッシェルで隣県の製作所まで出張し、昼食もそこそこに本社へ戻り、即、会議・・・。

11月7日(金)「講演準備完了、午前2時半! の巻」
 日本数学協会の会誌「数学文化」創刊号に寄稿したエッセイ「円周率を計算した男を求めて」に関して、なんと、3人の方から「よく分からない」とのご指摘を受けた。いずれも抜き刷りをお送りした方で、体裁から判断して論文であり、数式に重要な意味があると受け取ったようだ。決して、分からない数式ではないのだが、私の説明もまずく、混乱を生じさせてしまった。反省している。
 そのようなこともあり、今度の講演の内容に関しては、私は非常に危惧するようになった。企画された京大の上野先生のお考えでは、初日の講演は、中学・高校生から一般までを対象としている。講演のタイトル「幕末の数学者 小野友五郎」からも分かるように、ベースは拙著『怒濤逆巻くも』である。テーマも題材も難しい。どうすれば、分かりやすい講演になるか、良いアイデアが浮かばないのだ。
 ある知人作家に『怒濤逆巻くも』のテーマを箇条書きしてメールで送ったら、「さっぱり分からない」という反応だった。「さっぱり分からない」とはつまらないという意味だ。唯一興味をもってくれたのは、小野友五郎の人となりと女性関係だけである。しかし、この小野友五郎の人となりと女性関係こそ、作者が作り出したフィクションで、それは小説の主題を裏付けるための重要なカギではある。ではあるが、フィクションとノンフィクションを渾然一体にしたものが小説なのに対し、講演ではそういうわけには行かない。明確に分けて話さないと、ただただ混乱するだけだろう。それをどうするか。そこが分からないのである。
 それでも、上記のようなアドバイスがあったことは貴重である。反映しなければならない。私は、急遽、小野友五郎をめぐる妻と愛人の関係を意味深長に示すスライドを追加した。そして、小説家にとって、こういった女性を登場させて、主人公とからませることが重要だと説明することにした。さらに、歴史上、その生い立ちや風貌、性格など、記録の乏しい女性の人間を造形するためにイメージ作りが必要である、として、私の好きな女優陣に登場してもらうことにした。そのための画像をインターネットで探すために、ざっと2時間は費やした。
 今回の企画展「和算の時代」では、開催期間の1ヶ月の間、拙著を販売するという。講演直後に数冊売れるとしても、その後は、どうして売れるという保証があろうか。そこで、一計を案じた私は、拙著に関する主だった書評をコピーし、蛍光ペンでハイライトした後、クリアケースに入れて、売り場に置いてもらうことにした。その販促グッズ(反則愚図ではない!)も急遽用意することにした。裏表から違った書評も見えるようにして、合計8枚作った。我ながら涙ぐましい気がする。
 さらに、拙著『怒濤逆巻くも』を購入してくださる方のために、顔写真入りの鳴海風特製「主要登場人物一覧表」を作成することにした。長編で登場人物が多く、読み方も難しい人物が多いので、こういったものが欲しいとは、以前から言われていたものである。この作業は実に膨大な時間を要した。早く就寝して、明日の講演に備えなければならないのに、出来ないことには止められない。何とか18人分を作成し、印刷・コピーも終了したのが午前2時半であった。

11月8日(土)「我が人生最良の日・・・の風さん」
 とうとう京都行きの日が来た。待ちに待った日だ。私は講演するのが楽しみで、ワイフは秋の京都を楽しむのが目的だ。
 最寄の駅から名鉄特急に乗り名古屋まで出た。新幹線までの乗り換え17分間の間に、講演のお手伝いをしてくださる京大附属図書館と思文閣美術館のスタッフの方たちや、今回の企画者で講演をされる上野先生、そして夜会食する河合先生へのお土産を購入した。「のぞみ」で京都に着いたのは10時25分である。所要時間は40分。名鉄特急で名古屋まで出た時間が43分だから、名古屋を中心にして見れば、京都は私の家よりも近くにある・・・わけないか(笑)。
 秋の観光シーズンということで、京都駅は人であふれ返っていた。しかも、気温がどんどん上昇している。混雑と暑さのダブルパンチで疲労しそうだった。タクシーを待つ行列のしんがりについて、ようやく乗り込むことができた。思文閣美術館に着くと、京大附属図書館のスタッフの方が2名、外で待っていてくれて、私たちが降りるとすぐ飛んで来て荷物を持ってくれた。今日から開始した公開企画展「和算の時代」は、前宣伝の効果か、早くも見学者が大勢入っていた。受付のテーブルには拙著を始め、和算関係の本がたくさん積んである。はたして拙著は売れるだろうか。早速、スタッフの方々に「休憩のときに召し上がってください」と名古屋のお菓子を渡しつつ、販促グッズの「書評入りクリアケース」と「『怒濤逆巻くも』主要登場人物一覧表」のコピー25部を渡した。
 それから講演会場へ行き、持参した「アシュレイ」による動作確認をし、さらに展示会場へ回り、スタッフの方から展示物の説明を受けた。関連図書の販売テーブルに古書『算法稽古宝』というそろばんの手引書があり、絵入りできれいだったのですぐに購入した。1500円税別である。これではまるで、講演者というより後援者だな(笑)。
 ここで12時になったので、スタッフの方と近くで昼食を摂ることにした。思文閣美術館は京都大学の近くにあるので、学生向けの手頃なレストランがあるのだと言う。イタリアンレストランに入り、喉を濡らすつもりでビールを飲んだら、酔っ払っちまったあ〜。その酔った顔で、午後一番に上野教授と初対面の挨拶となった。
「お忙しいところを鳴海先生、よくおいでくださいました」
「大変名誉な機会を与えていただき感謝しております。それなのに、今日は、家内を伴っておりまして、家内は秋の京都を楽しむために来たので、私の講演などはつけたしみたいなものでして・・・」
 ほとんど酔っ払いのたわごとである。
 他に京都大学附属図書館の部長さんや、思文閣出版の編集長さんなどと名刺交換した。
 ざっと120名入れる講演会場は、始まる頃には既に満席状態だった。聴講者の顔ぶれを見てから、話し方のレベルをコントロールするつもりだったが、中高生はほとんど見られず、中高年ばかりだった(我ながら、うまいジョークだ)。
 上野先生のご講演に続いて、私の番となった。緊張とか上がるといった単語とは無縁の風さんである。満席状態で、もうやる気満々である。大学で数学の単位を落として留年した話をしたら、最前列に陣取っている上野先生が大笑いをされた。その勢いで、会場が一気になごんで、私も乗った。次々に繰り出すジョークに上野先生が真っ先に笑われる。それがうれしくて、私は図に乗ってますますジョークを飛ばした。もう会場は笑いの渦である。笑っていない間も、プロジェクターからは、貴重な画像や写真が次々に映し出されるので、聴講者が身を乗り出して見入っているのが分かる。予定の時間をオーバーして1時間10分話したが、あっという間だったらしい。
 講演後、拙著を購入しサインを求める方たちで行列ができた。奇跡である。しかも、女性が交じっている。新たな講演のオファーまであった。
 爆笑講演は上野先生始めスタッフの方たちにとっても意外だったらしい。少しジョークを飛ばし過ぎたかと反省したが、それほどのこともなく歓迎されたようである。ワイフも感心していた。夫の講演を聴くのは初めてだった。これで、オレはいつ死んでもいいかも。
 夜は、『円周率を計算した男』出版依頼の文通が続いている河合教授ご夫妻と会食した。場所は「下鴨茶寮」というすばらしい茶懐石料理のお店である。一つ一つ吟味した料理に舌鼓を打ちながら、講演を聴いてもらえなかった教授夫妻のために、アシュレイを立ち上げて、スライドをかいつまんでご紹介した。とりとめのない話題が続いて、笑い続けているうちに、気がつくと、もう9時近かった。さすがに疲れた。
 今夜の宿、「八千代」まで夫妻に送ってもらい、激動の一日の幕がようやく降りようとしていた。
 死ぬほど大変な講演準備だったが、我が人生最良の日・・・の中の一日と言ってもいいだろう。

11月9日(日)「しばし初秋の京の散歩・・・の風さん」
 目覚めたら、「外は土砂降りよ」とワイフ。「ええ〜、うっそー」と起きたら、本当に降っていた。
 この料理屋旅館は創業が古く、こういう事態(予約しようとした時点で、ここしか空室がなかった)でもなければ決して泊まることのないところである。不思議なのは、若い男女の従業員がたくさんいることである。いずれも快活な態度で元気もいい。自動車産業の一翼を担っていると、どうしても経営的なことを考えて、「こんなに従業員かかえてやっていけるのだろうか」などと首をかしげてしまう。後で、タクシーの運転手に聞いたら、「学生アルバイトですよ」とのことで、納得。
 とにかく雨だ。
 当初計画では、午前中は近くの南禅寺から哲学の道を通って銀閣寺まで散歩し、いったん昼にまた「八千代」に戻って湯豆腐を食べ、それから京都駅⇒帰宅、と考えていた。雨では散歩ができないではないか。
 一番最後の客として朝食を食べにレストランへ行った。な、なんと、朝食が湯豆腐だった。しっかり湯豆腐を食べたので、昼食に湯豆腐というのは中止。幸い雨は小降りで、これなら散歩は可能である。
 チェックアウトして荷物を預かってもらい、傘を借りて外へ出た。雨はほとんど降っていないが、寒い。
 南禅寺は高校の修学旅行の自由行動で来たところだ。32年ぶりくらいになる。ひえ〜! 年寄りみたいだ。南禅寺の三門に登った。「絶景かな」と野太い声が出ないほど気温は低い。しかし、紅葉はまだ始まったばかり。昨日とはまるで違う陽気だ。ときおりザーッと降ってくる雨の中、南禅院、方丈庭園と見学して回った。これほどのんびりした時間の過ごし方など何年ぶりだろうか。
 続いて、哲学の道をひろった。ここは私は初めてのコースだ。初秋の風情を愛でつつ、ワイフと語り合いながらゆっくりと歩いていく。我が家のことなど忘れてしまう。「あら、猫がいるわよ」「あ、こっちにもだ」続々と猫が出てくる。「ペコはどうしているかしら」「シルバーの心配をしてやらないと、ひがむぞ」ここいらは捨て猫のメッカになっているらしい。しかし、どの猫も十分肥えていて、おっとりしている。脇を流れる琵琶湖疎水の水路を見下ろすと、でっかい錦鯉が何匹も泳いでいる。ここでは、錦鯉も捨てられるのか・・・まさか。
 歩きながらふと空を見上げたら、めいまいがしてよろけた。やはり疲労しているのだ。さもなくば、くも膜下出血の前兆か・・・縁起でもない。しばらく行った茶店・・・じゃなかった喫茶店で小休憩した。
 袋物の店や猫のデザイン商品を売る店で買い物をしているうちに、とっくに昼を過ぎてしまったので、通り合わせたタクシーをひろって「八千代」に戻った。「銀閣寺はもうすぐですよ」タクシーの運転手は教えてくれたが、もういい。
 荷物を受け取って、待たせたタクシーに乗って京都駅に向かった。町の中はさっきまで散歩していたひなびた風景となるで趣が違っていた。京都駅で昼食と買い物をして、また「のぞみ」に乗車した。短い乗車時間でもウトウトしてしまった。
 名古屋からは予定通り名鉄特急に乗り継いで帰宅した。玄関を一歩入ると、そこには現実の生活が待ち受けていた。

11月11日(火)「チーズ・カマ・ペコの最後の儀式の巻」
 今日は、風さんの母の誕生日。長女がおめでとう電話をしていたが、風さんは何もしない。子供の頃から誕生日といっても特別な日ではなかった。誰の誕生日も祝う習慣がない家に育った。そういうことではいけない、と自分の家庭ができたとき、誕生日は祝うことにした。特に、子供らの誕生日プレゼントに関しては、全知全能を振り絞って考え、そこらじゅうを走り回ってプレゼントを探し求めたものだった。しかし、子供らが大きくなってきたとき、愕然とする事実に直面した。私が必死に考えたプレゼントは、子供の好みと違っていたという事実だ。特に、デザインである。この衝撃に打ちのめされた私は、その後、何度もリターンマッチを試みたものの、とうとう自分の考える路線に戻すことはできなかった。その後、「うちはもう誕生日もクリスマスもお祝いしない!」と終戦宣言するに至った。今では、プレゼントの交換は、夫婦間の習慣としてひっそりと残っているだけだ。
 我が家で暮らすようになったチーズ・カマ・ペコの最後の儀式が、今日終了した。不妊手術の抜糸である。糸は、体と癒着することなく、するすると抜け、チーズは暴れることもなく、おとなしかったそうだ。そして、予防接種の残りも打って、これで物理的には完璧に我が家の猫としての資格を得たことになる・・・って、誰が決めた?(もちろん、決めたのは私だが)
 チーズの最大の欠点は、食べ物に対する自制のなさ、である。動物だから仕方ないと言えば仕方ない。しかし、家族の食事中にテーブルに前足をかけ(実は、ここまでは許している)、何かもらえるまで目をキョロキョロさせていて、うっかりテーブル上に食べ物のかけらでも落とそうものなら、その前足が電光石火の速度で動いて、まるで人間が手にとって口に持っていくような仕草で掠め取るのである。この品の無さは、断じて我が家の家風に合わない。
 その貪欲さが変化した。家族の食事が終わる前に、チーズはソファへ移動し、すやすやと眠り出したのである。儀式の終了は、捨て猫にようやく我が家で落ち着けるという安心感を植え付けたのかもしれない。

11月13日(木)「提出するのは掌編小説で寓話・・・の風さん」
 毎晩、執筆マシンに向かっているが、さっぱり小説が書けない。5月に『怒濤逆巻くも』を出版してから、もう半年以上も小説を1行も書いていないことになる。恐れていたことが日々積み重なって、目の前に現実となって立ちふさがる。遅筆もここまできたら重篤な病だろう。
 当初、商業誌に売り込もうとしていたネタを急いで短編として完成させようとした。しかし、入念な調査を身上とする私には時間がなさ過ぎた。途中から、時代考証をそれほど必要としない市井小説(世話物)に方針変更した。今年の夏のある日に、ふと浮かんだ「怪しい男女のお話」である。・・・が、これも長続きしなかった。そこそこの短編を書き上げるためには、着想だけではだめで、明確なテーマ設定と全体構成(プロット)が必要である。これが実は私の弱点で、これから早急に強化しなければプロの道はあり得ないと自覚している。その弱点が、わずか数日で解決するわけがない。何度も何度も挑戦し、訓練し、身につけなければならないものだ。で、執筆方針は、再び転換を余儀なくされた。年に2回書いているエッセイと同じ分量つまり6枚半の掌編小説にしようと決めたのである。これなら「大衆文芸」の2ページでおさまる。これにも着想はあった。
 着想は、「しゃっくり」に関するもので、童話か民話風にしようかと考えているうちに、ギリシャ神話の「王様の耳はロバの耳」にヒントを得た。寓話だな。童話風のものは、いつか新美南吉文学賞に応募しようかな、なんちゃって。しかし、寓話にするにしても、どういう落としどころで、主題は何がいいのだろうか。うーん。また悩んでしまう。悩んでしまうと、夜も寝られなくなってしまう・・・というのは、かなり昔の漫談のギャグだな。古い古い。

11月14日(金)「とりあえず掌編小説を脱稿・・・の風さん」
 一種のリスクマネージメントとして、今日の午後を有休としておいたが、昨日までさっぱりできていない状況、さらに、昼までにイメージだけでも頭の中で完成させられなかった事実を目の前にしては、午後有休を取得して帰宅せざるを得ない。
 駐車場まで歩いて、愛車ミッシェルのエンジンをスタートさせても、気分はパッとしない。どうも自分は悲観主義者に近い。うつ病というほどでもないが。
 インターを途中で降りて、給油してから帰宅した(生活感が少しにじみ出ているか)。
 PTAの行事で、ワイフは家にいない。そういえば、今日は、ワイフは別のスケジュールもあったのだ。「OB会」ならぬ「OG会」である。会社員時代の仲間の食事会である。ダンナの忙しさは有名だが、そのワイフはもっと忙しいことをダンナとして断言できる。
 体が重くて、すぐに書斎に入る気がしない。そのまま居間のソファで横になると、すぐ眠りに落ちた。
 落ち込んだ中でも、うれしいことが一つあった。
 この間、電気かみそりを買い替えたことを日記に書いたと思うが、たまたまプレゼントキャンペーン中で、応募ハガキを出していた。その景品が当たったのである。オリジナル・ブルゾン。綿100%で紺色の柔らかなものである。メーカーロゴが入っているのが気になるぐらいで、それ以外は問題なし。近所を歩き回るにはじゅうぶん使える代物だ。
 執筆は夕食後に開始した(午後有休は、結局、昼寝するためだったのか)。もうわき目を振っている場合ではない。とにかく書き進んだ。掌編小説なので、瞬間芸が光るかどうか、である。「努力しましたが、やはり出来ませんでした」と手ぶらで伊東先生に報告するのと、「まとまった枚数の作品は出来ませんでしたので、とりあえず掌編小説を書いてみました」と言って薄い原稿を渡すのとどちらがよいか。後者のほうがマシなのは私でも分かる。合格かどうかは別にして。
 午前0時過ぎに、出来た。プリントアウトした原稿をワイフに見せた。可もなく不可もなし、といった表情だったので、今夜の作業を終了し、ワイフと下鴨茶寮でもらった「ちりめん山椒」を肴に冷酒を飲むことにした。1週間前の京都の思い出が、酔いを心地よいものにした。

11月15日(土)「上京したらまた雨。その結末は・・・の風さん」
 読みかけの本を3冊、ナップサックに詰めて、家を出た(家出したではない!)。昨夜、とにかく掌編小説だけでも書き上げたので、たとえ「ボツ」になるにしても、気分はスッキリしている。今日のことに集中できるからだ。その最初の仕事が読書。しかし、できなかった。一番の言い訳は、新幹線が「のぞみ」になったから。今日は、名古屋ー東京間が1時間42分だった。どうせ新宿へ直行するのだから、品川で降りればよかったので、名古屋ー品川だったら、1時間35分だった。これでは読書ははかどらない。
 新宿で待ち合わせた作家の某氏とランチを食べた。某氏の作品について、私がコメントするのが目的である。重箱の隅をつっつくコメントばかりだったが、某氏にとっては新鮮だったらしい。「へえ〜。そんな指摘、初めて」と目を丸くしていた。
 小田急線で新宿から代々木八幡へ向かうと、車窓を雨粒が打ち出した。「あり得ない」・・・が、傘をさすほどではなかった。ホッ。
 勉強会は相変わらず活発だったが、今日読まれた2本は「合格」とはならなかった。それぞれ「合格」のボーダーラインが違うところが、勉強会の微妙なところである。一人一人の進歩・前進をはかるため、目標設定が、あうんの呼吸で、差がついているのだ。
 昨夜仕上げた掌編小説を提出し、事情を説明したところ、「ボツ」の可能性が高いことをすぐ判断され、「2月号のために書いて、また持ってきてください」と提案された。締め切りは1月15日で、あと2ヶ月あるからできるだろう、いやできて当然だ、という意味だ。否定できることではない。これには「怪しい男女のお話」を作品化して持参しよう。
 久々に2次会、3次会と参加した。上着を脱いで、上は半袖Tシャツ1枚になって、元気よく飲みだしたが、疲労と寝不足が重なっていて、冷酒が効いた。3次会の終わりごろには、もう目を開けているのが精一杯の状態だった。
 残務をたくさん抱えているので、明日の1日は貴重である。これまた久しぶりに夜行バスの乗客となった。すぐ寝られるから不思議だ。

11月16日(日)「1年遅れの合掌・・・の風さん」
 鈴木輝一郎さんの『家族同時多発介護』(河出書房新社 1400円税別)を読み終えた。非常に楽しく読むことができた。第一にご本人を存じ上げているから、かもしれない。が、しかし、この作品には、日本が未だかつて直面したことがない高齢化社会という問題を、実にクールにとらえていて読むに値する。「死」というものが身近なものでなくなって久しいが、死をどこか遠くへ追いやったツケとして、介護問題が避けて通れなくなった。鈴木氏曰く「一人の親が一人の幼い子供の面倒を見るのは可能だが、一人の老いた親は一人の子供だけで面倒を見ることはできない」のだ。そのためには、家族が、親類縁者含めて一族が協力し合わなければならないし、医療スタッフ、介護スタッフの力も借りることになる。その日のために、我々は、心の準備だけでもしているだろうか。これから、この本を家族に回覧するつもりである。
 ところで、この本では、昨年、鈴木氏がご尊父を見送るまでの経緯が詳細に語られている。一昨年まで、私は鈴木氏のホームページを頻繁に訪問し、そういった緊迫した状況をある程度把握していたのだが、昨年は、『怒濤逆巻くも』の執筆に専念していたため、今回初めて経緯を知ることとなった。訃報も知らず、全く弔意すら表していなかったことが悔やまれる。ここで黙祷だけでも捧げたい。合掌。

11月17日(月)「50歳の男と18歳の女・・・の風さん」
 結局、昨日は、気まぐれ日記の更新だけで終わってしまった。こうやってまた次作の上梓が遅れていくのか・・・(涙)。
 帰宅したら、ワイフと次女が「一緒に寝てるよ」とささやく。まさか、と思いつつ居間のソファをのぞくと、確かにくっついて寝ている。しかし、お互いに毛づくろいをしているうちに、相手の体毛が気になって、自分の毛でないものを舐め始めているうちに、咬みつき出して、とうとう唸りながら取っ組み合いが始まった。人間で言えば、50歳初老の男(シルバー)と18歳の娘(チーズ・カマ・ペコ)という羨ましい組み合わせなのだが(セクハラ発言か)、人間でも容易に親密な関係にならないのと同様に、猫同士でもこれは不自然な組み合わせなのだろう。チーズが家に来てから、夜寝るのは、シルバーは今までどおりの2階の踊り場で、チーズは1階の居間のソファの上である。何となく倦怠期の夫婦みたいでもあるな。

11月18日(火)「姓名判断と鳴海風の関係の巻」
 長い間休止状態だった南山誠林(なんざん・せいりん)さんのホームページが再開した。姓名判断のページである。以前も紹介したように、私自身のことを占ってみると(つまり本名で占ってみると)ぴたりと当たっていたので、文句なしに「おススメ」している。リニューアルしたホームページでは、南山誠林さん得意の「適職診断」「ビジネス相性診断」に加えて、「性格診断」「姓名運勢判断」「恋愛・結婚相性診断」そして子供の名前のつけ方である「命名君」という6つの入り口から、それこそ黙って座ればぴたりと当たる式に、素早く姓名判断結果が出てくる。しかも、タダである。タダでいいのか、本当に、と思ってしまう。
 南山誠林さんの姓名判断が当たる理由は、学生時代から伝統的な易や姓名判断を研究しておられ、就職してからは、非常に多くのビジネスマンと接する機会に恵まれたことから、この豊富なサンプルデータを、姓名判断で再整理していくことにより、特にビジネス関連での的中率が異常なほど高まったことにある。
 ・・・ということは、私もそのサンプルデータだった可能性があり、忠実に反映していれば、当たって当然か・・・いや、時期的にあり得ない。私が南山誠林さんとお会いした時には、もう既に著書『ビジネス相性診断』(KKベストセラーズ 1260円税別)も出版されていた筈である。
 今日は、午前様で帰宅したので、気まぐれ日記の内容は今日とは関係ない・・・こともないか。鳴海風は、まだ一介のビジネスマンだ。

11月19日(水)「ようやくミッシェルの点検が終了・・・の風さん」
 超多忙な日々を送っていてできなかったことが、またひとつ、ようやく出来た。ミッシェルの12ヶ月点検である。本当は8月に受けなければいけなかったのだが、3ヶ月近く遅れた。この1年と3ヶ月弱の間に2万7千キロも走ってしまった。前のオーナーと合わせて、走行距離は6万7千キロである。やや早めだが、タイヤも新品に交換した。BSのポテンザDVで、全く同じ仕様だ。あと、オイル、エレメント、ファンベルト、クーラーベルトも交換した。
 こういった点検はいつもいきつけの中古車屋にお願いする。ミッシェルを受け取りに行ったとき、時期も時期なので、来年のカレンダーをねだった。「女の子のカレンダーください」とね。昨年はやや妖しいタレントの水着カレンダーだったが、一昨年は井川遥で素晴らしかった。で、今年こそ、と期待に胸を膨らませ、もらえると中身も確認せず、るんるんらんらんミッシェルを飛ばして帰った。
 帰宅して、カレンダーを開けてびっくり。昨年以上に妖しいタレントのヘアーヌードカレンダーだった。いくらなんでも書斎には飾れない。誰かもらって〜!

11月23日(日)「雑務に追われてとっぴんしゃん・・・の風さん」
 昨日は、語呂合わせで、「いいふうふ(夫婦)」の日だったそうだ。寝る前に「エビス」の黒ビールを1缶(350ml)二人で飲んで、それでおしまいだった。もっとも私は、昨日が「いいふうふ」の日だとは知らなかった。
 今朝も比較的寝坊でなく起きた(ワイフは爆睡中)。2階のトイレへ向かったら、洗面所の棚から植木鉢が床に落ちて、土が散乱していた。犯人は・・・というのは正確ではないな、犯猫はチーズ・カマ・ペコに違いない。最近、この付近にある紙のバッグの紐によくじゃれているし、シルバーが落としたトイレの砂粒を、この辺で転がして遊んでいる。しかし、現行犯逮捕しない限りしつけるのは困難なので、早起きした私が掃除するしかない。1階から電気掃除機を持ってきて「ガーガー」と騒々しくきれいにしてやった。
 昨日は、執筆マシンの中を少し整理した。アシュレイにはプリンターのドライバーを初めてインストールしたので、これからはアシュレイからダイレクトの印刷も可能となった。アシュレイの中のデータ整理は途中である。基本的に執筆マシンがマザーマシンとなるので、アシュレイは常に身軽にしておこうと思った。講演はアシュレイ持参でやるので、そのデータが膨大になる恐れがあるが、それもカード型HDに保存しておくことでアシュレイは身軽にしておくことにする。夕方、読みかけの『盗まれたあした』(たから しげる著)を読了した。空想少年だった頃に回帰した気分を味わえた。
 今日は、まだ残っている郵送関係の準備をした。この二日間で8人分である。執筆が中心の生活になると、また何も手につかなくなるので、今が最後のチャンスである。しかし、まだだいぶ残っている。午後出かけて、21ヶ月ぶりにケータイを更新しようとauショップに入った。目指す機種よりもカッコいいのが目に入ったので、即決で、手続きを始めたら、店員が違うのケータイを持ってきた。機種コードを告げると、28日発売だと言う。どうもすぐ最新型に目が行く傾向がある。ソニー製である。ソニー製といえば、今、とてつもないモバイルPCがソニーから売り出されている。当然吸い寄せられた私は、インターネットで詳細にチェックした。が、今回はパスすることにした。なぜかというと、コストパフォーマンスが納得いかなかったからだ。経費処理できる値段に下がるまで待とう。
 4週間ぶりにトレーニングに行ってきた。通勤途中のミッシェルの中で、ハンドグリッパーを握っているだけではほとんど効果はない。また体重が増えていた。体脂肪量も。トレーニングの数値は、肥満度−0.4%で、体脂肪率19.3%である。

11月24日(月)「死力を尽くしてドアのロックを直した報酬は・・・の風さん」
 シャバが休みでも大企業は出勤である(完全週休二日制なので、祝日は休みでないことが多い)。しかも、パワフルマンデーは早朝ミーティングがあるので、7時前には家を出る。
 ・・・息つく間もない一日を終えて帰宅したのは午後8時半だった。さっさと夕食をとって書斎に直行しようと思っていたら、「浴室のドアが夕べから閉まらない」と言う。しかも、壊したのはこのご主人様である私に違いない、と疑いの目を向けてくるのだ。チョームカツク〜、ところである。もちろんキレタ・・・が、ご主人様の偉大なところを見せつける絶好の機会でもあるため、「よし、見てやろう」と食卓を立った。
 確かに浴室のドアが半開きのままで、ぴしゃりと閉まらない。よく見ると、ロックの出っ張り(押せば引っ込む三角形の突起物ね)が引っ込んだきり出てこない。噴火口の中に火山が沈んだ状態というか、えぐれた出べそ状態になっている。CRC556を噴霧しても改善されないので、潤滑の不具合ではない。私は、さっそくドライバーで分解を始めた。
 ドアからドアロックの部品を外して、すべて分解してみると、本来三角形のロックというか爪を押し出すべき全長2.5センチほどのコイルスプリングが、見事に中央から断裂していた。これでは、爪は引っ込んだままになる。このコイルスプリングを交換しない限り、元には戻らない。しかし、予備品があるわけがない。そこで、思いついたのが、ボールペンの中に入っている、軸を押し上げているコイルスプリングだ。長さはほとんど同じ。ただ直径がやや小さい。つまりばね力としては不足気味となる。それでも、応急処置としては上等なので、それと交換した。動作チェックしてみると、まずまずの動きをした。そして、再びドアに部品を組み付けようとして、また新たなトラブルが発生した。部品を止める穴に装着してあった部品が、ふとしたはずみで脱落して、ドアの内部に落下してしまったのだ。つまり、ドアノブの位置から、装着部品がドア内部の空間を通って、底まで落ちてしまったのだ。
 ドアそのものは、下部が完全にシールされていて、落下した部品を下から取り出すことは不可能だった。こうなると、ドアそのものを壁面から外して、ドアをさかさまにすることで、鍵穴みたいな部分から、その装着部品を取り出すしか手がないように一瞬思われた。
 しかし、私はその方法を採用しなかった。
 私が実行したのは、鍵穴のようなところから、小型磁石を糸で吊っておろし、脱落した装着部品を吊り上げることだった。
 見事に成功した。成功した秘訣は、脱落した部品が鉄製で、ドアそのものはアルミサッシだったことである。
 一部始終を眺めていたワイフが、私の顔を見て尊敬のまなざしを向けた・・・かと思いきや、なんと、入り口で寝そべっているシルバーの頭をなでながら「良かったねえ、直って」だとさ。

11月28日(金)「たまには飲んだくれることもある・・・の風さん」
 昨日のメールで、「大衆文芸」用に提出した掌編小説が幸運にも採用されたことが判明した。もちろん全力で書いたことは間違いないが、全力で書いたことと採用されることが必ずしもリンクしないのがプロの世界である。だから、正直言ってうれしい。
 原稿と言えば、8日の講演会の内容を日本数学協会の会誌「数学文化」に掲載したいという話があり、承諾しているので、これも近々書いてしまうつもりだ。ただし、その前に、新たな講演依頼があったので、その準備をしなければならない。この依頼は、8日の講演の余波みたいなものである。講演を聴いてくださった方が推薦してくださったとのことで、ありがたいことだ。依頼元は京都府立嵯峨野高校。公立ながら京都というロケーションを意識した独自の教育理念に基づく高校であり、私はその理念に共感した。そこの京都こすもす科の2年生、160人に対して、社会人講師として講演させていただく。だいたい構想もできているので、早く準備したい。来月中旬の講演が楽しみである。
 最近、、比較的体調が良いので、色々なことを精力的にこなしているが、相変わらず時間はないので、気まぐれ日記の更新は滞っていた。ごめんなさい。その間に、新刊本が届いたり、「数学セミナー」に掲載した原稿に対する反響があったり、鳴海風に関するエッセイが某地方新聞に掲載されたりとか、とにかくたくさんの出来事があった。それらをすべて詳細に紹介している余裕がないので、お許し願いたい。
 今日は、友人の大学教授が会社の講師として来名したので、名古屋で落ち合って会食した。ワイフも一緒である。名古屋駅の桜通口から出たところから駅ビルを見上げると、電球が満艦飾にデコレーションされている。中央の壁面を覆っているのは、教会のようなデザインである。以前から有名な季節の風物詩であるが、私は初めて眺めた。
 その、光の芸術を堪能した後、マリオットホテルの予約した和食レストランへ向かった。海外を旅することが多い友人は、入っていきなり、アメリカにある和食レストランみたいだ、と言っていたから、雰囲気には喜んでくれたようだ。生ビールで乾杯した後、次々に運ばれてくる会席料理を味わいながら、地酒である「蓬莱泉」や「天狗舞」をしたたかに飲んだ。当地の飲み会ではいつもミッシェルと一緒なので、私は全くアルコールを口にしないのだが、今夜は最初から電車で帰ることにしていたので、すっかり油断して飲み過ぎた。
 閉店寸前まで飲み続け、さらに別のホテルのバーへ移動して、ビアカクテルなんぞを注文したが、もうとても飲み干す勢いは残っていなかった。
 ワイフに切符を買ってもらい、終電に乗り込んで、発車直後にはもう爆睡状態だった。
 終着駅で降りて、タクシーで帰宅したのだが、2070円もした。そこで、また目が覚めた。都内で2070円も出せば、相当な距離を走れる気がする。その後はベッドへ直行。

11月29日(土)「ミャウリンガル・・・の風さん」
 ネット予約してあった「ミャウリンガル」が昨日届いた。猫語を解する風さんとしては、大いに興味のある品物だった。ちょうど名古屋へ向かう途中で、次女から「届いたよ。開けてもいい?」メールがケータイに届いた(お父様のケータイアドレスを知っているとは、なかなか油断ならない中一だ)。すぐに「いいよ」と返信したが、これで「ミャウリンガル」は次女のオモチャになるだろう。
 べろんべろんの千鳥足で帰宅すると、「ミャウリンガル」は居間のテーブルの上にあった。待ちくたびれて眠りこけている次女を叩き起こし、「どうだった?」と尋問すると、「ペコが怒っているときに翻訳したら、引っ掻いてやる!って出たよ」とくすぐってくる。この「ミャウリンガル」、ピンク色のを選択したのだが、なかなか愛らしいスタイルをしているぞ。
 夕べはそのまま爆睡したので、今日、やっと「ミャウリンガル」の機能チェックをしながら操作方法を学んだ。すると、初期設定というのがあり、翻訳したい猫の属性を入力しなければならない。名前はいいとして、先ず猫種である。どんな猫であれ、飼い主が日本人なら日本語の猫語を話すに決まっていると思っていたが、そうではないようだ。どうやら、娘はシルバーの属性を入力したようだ。シルバーはブルーペルシャと虎猫の雑種で、そんな猫種の選択項目は存在しない。そういうときは、姿形の似ている種類を選ぶのだそうだ。メイクーン、なかなか玄人っぽい選択肢をとっている、生意気な中一だ。次に、性別、当然「オス」。最後に性格だ。「クール」を選んでいる。これも納得。
 ・・・と、そこで気が付いた。「おい。シルバーに設定しておいて、なぜチーズ・カマ・ペコの言葉を正確に翻訳できるんだ?」
 「あ、そうか」
 いやがるチーズをつかまえて、爪を切ろうとすると、必死に抵抗する。その声を「ミャウリンガル」に集音させて翻訳してみると、「とっても幸せ〜」と表示された。チーズがマゾでない限り、確かに翻訳は間違っている。
 これからたっぷり研究させてもらうぜ、「ミャウリンガル」。

11月30日(日)「エリクソン、次女の餌食になるの巻」
 浪費癖は母譲りかもしれない。それも「極端な新しい物好き」である。
 ケータイを更新した。28日から発売されたS社のA5404Sである。一番気に入ったのは、引き出し式のアンテナがないこと。どうせ使用頻度は高くないので、アンテナがなくても脳ミソが煮えて消失する心配は少ない。次に、全体のフォルム。ディスプレイ側がL字にくびれている。それからプッシュボタンがほぼフラットである。カッコいい。機能面では、QVGA画面とかフォトミキサー機能、メモリースティックDuo対応、そして1.3メガピクセル写真機能がある。中でも画面の見易さは初老作家にはありがたい。前号機はほとんどの機能を宝の持ち腐れとしてしまったが、今度は作家活動のために駆使したい。色はブラックとシルバーのツートンで、どう見ても男性である。愛称を「エリクソン」にすることに決めた(なーんだ、製造会社がバレバレじゃん)。
 と言うことで、昨日から鋭意取り扱い方法を学習しているのだが、パソコンを扱っている程度のぼけ風さんでは、ちと苦しい。さっき、次女に使い方を聞いていたら、「こんなのどう思う?」と言って、とんでもない画面を見せられた。スクリーンセーバー風に加工されたチーズ・カマ・ペコの写真が次々に流れてくるのだ。しかも、音楽付き! 「これ、フォト・ミキサーで作ったのよ」「にゃにい? 最初のフォトミキサーは天宅しのぶさんから送ってもらう筈だったのにい〜」
 英字新聞も読めないし、微分・積分だって知らない筈の中一の娘が、なぜ、こういうことになると、あっという間にマスターするのか。
 
03年12月はここ

気まぐれ日記のトップへ戻る